『工藤北斗の実況論文講義 刑法(第2版)』第5問の私の答案
【問題文をざっくり言えば】
強盗されるとわかっていた行為者が、それを機会にナックルダスターという聞いたこともない武器をはめて相手を殴りつけた積極的加害意思の事例です。
相当性までいってたら、あやうくナックルダスターのあてはめができないとこでしたので急迫性で切れるよう頑張りました。
なお強盗しようとした人の罪責も検討します。
なぜ問題文がざっくりなのかについてはこちら。
shitpapers-of-law.hatenablog.com
第1、乙の罪責
1、乙がナイフを上着のポケットに入れていた行為につき、強盗予備罪(237条)の成否を検討する。
2、乙は甲を脅して金員を強奪するという「強盗の罪を犯す目的で」、上記行為をしたのは「予備をした」と言えるから、同罪が成立し、乙はその罪責を負う。
第2、乙の罪責
1、強盗未遂罪(236条1項、243条)の成否を検討する。
2、構成要件該当性
⑴本件において、乙は甲の金員を強奪するには至っておらず、強盗既遂罪(236条1項)は成立しない。
⑵では、乙がナイフを手にしようとした行為が「実行に着手」(43条本文)したとして、同罪の未遂罪(243条)が成立しないか。
ア)実行着手性の有無の判断基準が問題となる。
イ)未遂犯の可罰根拠は、構成要件的結果発生の現実的危険性の惹起にある。となれば、「実行の着手」の有無は行為時にかかる危険性が生まれていたかで判断すべきである。
ウ)乙がナイフを手にしようとした行為は、甲が乙より金員を「強取」(236条1項)するにあたり、事前の計画通りに武器を使って強取行為を容易かつ確実にするためにした準備的行為であると言える。そうだとすれば、その準備的行為に至った時点で同罪の結果発生の現実的危険性が発生していたと言えるから、実行着手性は肯定できる。
エ)また、乙は甲を脅して金員を強奪しようと考えていたのだから、その故意も認められる。
オ)よって乙の上記行為につき、強盗未遂罪(236条1項、243条)が成立し、乙はその罪責を負う。
第3、甲の乙への殴打行為につき、傷害罪(204条)の成否
1、構成要件該当性
⑴甲は乙の顔面を殴打し、全治2ヶ月の頬骨骨折を負わせており、「人を傷害した」と言える。
⑵また、甲は乙を殴りつけてやろうと考えていたので、故意も認められる。
2、違法性阻却事由の有無
⑴しかし甲は、乙が甲に対して強盗する計画を立てていることを、乙の客室から発見したメモから把握しており、上記殴打行為はそれへの対抗行為であったとも思える。
そこで、甲の殴打行為につき、正当防衛(36条1項)が成立しないか。
⑵同条に言う「急迫」とは、法益侵害が現存するか、または間近に迫っていることを言う。
第2で述べた通り、乙は甲に対して強盗をなそうとしていたのであり、乙が上着のポケットに手を入れてナイフを取ろうとした時点で、強盗罪の結果発生の現実的危険性は発生していたのだから、「不正」な「侵害」が間近に迫っていたと言える。よって、「急迫」性は認められるかに思える。
⑶しかし、甲は乙による強盗計画を事前に把握し、その侵害を予期したうえで上記対抗行為を行っている。
ア)かかる場合でも、「急迫」性は失われないか。
イ)36条の趣旨は、緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに私人による対抗行為を許容することにある。そこで、行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして、かかる趣旨をもっても許容できない対抗行為は急迫性の要件を満たさないと考える。
ウ)乙は従前より甲の食事に難癖をつけるなどして、両者の関係は悪かった。そして、前述のように甲は強盗計画が明確に記されたメモを乙の部屋で発見しており、険悪な関係にある乙がその計画を実行する可能性は非常に高いと甲は十分に予期していたと思われる。またメモのみならずナイフも発見したことを考えると、この計画は明らかに強い暴力が伴うものであることもまた甲は予期していたと思われる。一方、たしかにペンションを経営する甲には乙以外の客を対応する必要性はあり、乙から逃れるためにペンションを離れるという行動は採り得なかったのかもしれない。しかし、甲が乙の部屋を掃除していた事情から考えるに、それでもなおメモとナイフを発見した時点では、乙はその場におらず、警察に連絡するなどの時間的・状況的余裕はあり、かかる措置は容易に講じれたと考えられる。それどころか、乙の計画のナイフを使うという凶暴な性質を考えると、他の客がいるならばなおのこと警察に連絡すべき状況だったと言える。
にもかかわらず、甲はこういった措置を採るどころか、この機会を利用して乙を殴りつけてやろうという積極的な加害意思をもち、拳にはめて打撃力を強化する武器であるナックルバスターまで用意して対抗する準備をしている。そして、乙がナイフを取ろうとポケットに手を入れるや否や、ナックルバスターをはめた拳で乙の顔面を殴打するという対抗行為に及んだのである。
このような上記対抗行為全般の状況に照らして考えれば、甲の採った対抗行為は36条の趣旨が許容する行為と認めることはできないのであるから、急迫性は失われていると考えるべきである。
エ)よって正当防衛は成立せず、違法性は阻却されない。
3、したがって同罪は成立し、甲はその罪責を負う。
以上
【感想】
ナックルダスターという聞いたこともない文言を二回続けて書いたときは笑いそうになりました。
さて。
①実行の着手
第4問と同じく実行の着手が問題となりました。
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第4問では第1行為と第2行為に分けた上で両者の近接性を検討する規範を立てたのですが、第5問では第2行為となる(?)強取行為が実際にはされていないことを考えて、そこまで厳密には規範を立てずに、(私が思う)上位規範である「未遂犯の可罰根拠は、構成要件的結果発生の現実的危険性の惹起にある。となれば、「実行の着手」の有無は行為時にかかる危険性が生まれていたかで判断すべきである。」とだけ立てて、さっさとあてはめに入りました。
今回はどう見ても甲の正当防衛の成否が大きな問題となるので、そことのバランスを取ったというのも当然あります。
工藤先生の解答例にある「準備的行為」という文言は、実行の着手を検討するに当たって、すごく使いやすいです。
判例の文言なのかな?
②侵害を予期していた場合の急迫性の判断基準
数年前に私が刑法の勉強をしてた頃は積極的加害意思という論点だったと思うし、今もそうなのかもしれないですが。
工藤先生の解説でも紹介されているように最近、以下の新しい判例(最高裁平成29年4月26日)が出たようで、積極的加害意思は上記の場合に急迫性が認められない1類型となったのではないかと個人的には思いました。
行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合,侵害の急迫性の要件については,対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきであり,事案に応じ,行為者と相手方との従前の関係,予期された侵害の内容,侵害の予期の程度,侵害回避の容易性,侵害場所に出向く必要性,侵害場所にとどまる相当性,対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等),実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同,行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し,緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに私人による対抗行為を許容した刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。
規範が長い。笑
で、あてはめは
被告人は,Aの呼出しに応じて現場に赴けば,Aから凶器を用いるなどした暴行を加えられることを十分予期していながら,Aの呼出しに応じる必要がなく,自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であったにもかかわらず,包丁を準備した上,Aの待つ場所に出向き,Aがハンマーで攻撃 してくるや,包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることもしないままAに近づき,A の左側胸部を強く刺突したものと認められる。このような先行事情を含めた本件行 為全般の状況に照らすと,被告人の本件行為は,刑法36条の趣旨に照らし許容さ れるものとは認められず,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきであ る。
とのことです。
これからは私の浅学な私見ですが。
上記規範の核は
緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに私人による対抗行為を許容した刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさない
の部分なのだと思います。
もっと論証ぽくすると、
「36条の趣旨は、緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに私人による対抗行為を許容することにある。そこで、行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして、かかる趣旨をもっても許容できない対抗行為は急迫性の要件を満たさないと考える。」
ぐらいに私は整理しました。
要は「問題となる対抗行為が36条趣旨で許容できるか否か」という、ある種なにも言ってないに等しい広範な規範を立てた代わりに、「行為に先行する事情を含めた行為全般の状況」という考慮要素を以下のようにかなり具体的に、かつたくさん列挙してくれた判例に思いました。
①行為者と相手方との従前の関係
②予期された侵害の内容
③侵害の予期の程度
④侵害回避の容易性
⑤侵害場所に出向く必要性
⑥侵害場所にとどまる相当性
⑦対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)
⑧実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同
⑨行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容
⑩等
個人的には
①関係が悪かったら許容されやすくなるのか否か
②予期された侵害の内容がどうだと許容されやすくなるのか
⑧実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、に至ってはその意義。どう異なってたらどうなるのか。
あたりは、いまいちイメージが湧きません。
が、考慮要素を例示してくれた分、相対的にはかなりあてはめはしやすくなった気がします。
ちなみに私は上記答案にもあるように考慮要素を規範に入れないで、あてはめで活用するイメージで書いてます。
考慮要素といえども、一般的で普遍的で抽象的なものだとはたしかに思うのですが、要件ではない分、具体的なところで述べて抽象的な要件該当性を検討するのかな?と思うからです。
このあたりはどうなんでしょうね。
ともかく多分、判例としては
たしかに単に予期しているだけでは急迫性は切れない。
(予期していたらどんな時でも侵害を回避する行動をしなきゃいけない義務を課すのはいくらなんでも縛りすぎと後掲判例で述べてるっぽいです。確かに病気のお母さんのところに駆けつけるために、暴走族がたむろする裏道を一か八か通る自由ぐらいは欲しい気もします。そして上記規範ではこの自由は認められるように思うのです)
けど、それは予期できた状況の中での対抗行為が全て許容されるわけではもちろんないことは、前(最高裁昭和52年7月21日)の積極的加害意思の時にも言ったよね?
それで積極的加害意思は⑩だけども、要は急迫性を満たさない1類型に過ぎないんだよ。
と、言ってくれているような気がするようなしないような気がします。
そんな感じで、上記答案の規範とあてはめになったのでした。
しかし、2年前の判例をしっかりケアしてくれている『論文実況中継』のアップデートの質には驚きました。
予備校の授業ならともかく市販されてる問題集ですからね。
それとも今時の予備校系の問題集はみんなこうなんだろうか。
頭が下がります。
感想が長いな。笑
頭の整理にはなりますが、勉強時間を圧迫しないようにバランスを取っていきます。
それに判例を分析する時間もいい加減にしないとですね。
以上です。
ご意見・ご感想は批判を含めて歓迎です、荒れて欲しくはないですけど。
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その場合は、お手数ですがご一報ください。
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